――寒い。

酷く、震えるように、寒い。

あたりを見渡しても、何も見えない。暗い。

ここは、どこなのだろう。
何故、私はここに居るのだろう？

――誰かに話しかけられた気がする。

あぁ、暗い。寒い。ひとりではとても耐え切れない。

行かなくては。


光あふれる、暖かい、どこかへ。


―――――――――

【なんて思ってた時期が私にもありました】

ふわふわ、と私は浮いている。もはや身体の一部とも言える和装がはためいた。
私が自分の存在を認識したのはいつだったか。まあもう覚えてないんだからいいんじゃないかな。
発生してから今まで色々思い悩みもしたわけだけどその辺の色々は語ると長くなるし暗くなるからやめるね。
わかったことだけ言えば、私は浮遊霊で、何にも思い出せなくて、だから成仏も全然できなくて、ずーっと彷徨ってるってこと。

ふわふわと漂いながら適当に乗ってた船から降りると、眼前にはたくさんの人々が行き交っている。この中の何人、私の姿が見えるのだろう。
港の潮風を感じながら――実際には私に実体はないのだから、そんな気がするだけだけど――耳を澄ませると、警備兵が旅人たちに声をかけているのが聞こえてきた。
魔界、とか。人助けしてほしい、とか。とか。そういえば、魔王がすごいってはなし、聞いた気がする。
まぁでも、私にはそれほど関係ないかな。漂うだけだし。目的らしい目的と言えば、これだけだ。
手に持った、私の身体と同じ半透明の本からページを一枚破り取る。右手を振ると黒い羽がひとつ、ひらりと舞う。
私は羽の先端を紙の上に走らせて、大きく、見やすいようにこう書いた。

【未練　探しています　とりつかせてください】

胸の前に文字を掲げて、私はいつものように、ふらふらと彷徨い始める。
取り憑きやすそうな、誰かがいればいいんだけど。とりあえず、暖かそうで、明るい方へいってみよう。