［基本］OK.　［戦闘］OK.　

【空色】

肌を撫でる冷たい風。
木の葉が舞い、ざわめく森の音。
鼻をくすぐる草木の匂い。この感覚はいつぶりか。
風が動いた。脚に力を込める。

迫る黒い魔力弾。
剣をひと薙ぎ。風が渦を巻き、弾を巻き込み飛散する。
彼の眼は、黒い戦士を捕らえたまま。

「いくぞ」

屈んで風を纏う。踏み込んだ足は地を抉り、吹き抜ける突風が砂と草を舞い上げた。
放たれる弾は風によって四方八方へ飛散。
接近すれば、斬撃がかまいたちとなり黒い戦士を襲う。
防がれてはいるが、確実に関節を狙っている。

振るわれたハサミを身をかがめて回避。視線は敵を捕らえて離さない。
そのまま旋風を纏い地を滑り、背後に回り剣を振るう。
関節をわずかにそれるも、黒い戦士はよろめいた。
脚を軸に回転し、再度剣を振るう。

繰り広げられる光景に、ザリガイザーは顔をしかめた。
今こちらに敵意を向けるのは、アルキメンデスから飛び出した陰が自らの――ザリガイザーの姿を模倣した、黒い戦士。
そして、相対するは……恐らく元通りの姿なのだろう、風を纏い、剣を振るい、黒い戦士に立ち向かう青い勇者。彼は味方になったということか？ まったくわけの分からない状況だ。
まあ、正直休めるのはありがたいことだが。もう全身が痛くてそろそろ限界だった。

「おい……アナはどこだ？」

周囲を見渡すが、どこにも見えない彼女の姿。
大森さんは端末に指を走らせる。

「……ふむ、アナさんの位置情報は黒いザリガイザーに重なっていますね。
　あと……微弱ですがアルキメンデスの反応も」

目の前にはアルキメンデス。しかし、黒いザリガイザーの中にも彼の反応があると。

「憶測ですが、彼の中に渦巻いていた暴走する感情が、個を形成するほどに増幅していた……ということでしょうか。わけ分かりませんが」

「つまり、アナはまだあいつの中にいるってんだな。
　もたもたしてらん、あっやべ！」

ザリガイザーはハサミを構える。
大森さんが見れば、敵の攻撃でアルキメンデスがよろめいていた。
間髪入れずに首に迫る黒いハサミ。

「くそっ」

避けようとするも、体勢を立て直すよりも早く敵の攻撃が迫る。
が、ハサミが首を切断することはなく。水弾によって弾かれた。

「悪い、助かった」

「おうよ」

ズキリと痛む右のハサミ。それを地につけ、脚に力を込める。
痛みがなんだってんだ、気合で立ち上がれヒーロー。

「ブレイブアンドピース！
　いくぜ！ 紅殻戦士ザリガイザーッ！！」

勇気で平和を切り拓け、それは己を鼓舞する言葉。

「おいアルキメンデス！ お前が接近戦なら俺は遠距離攻撃で援護する！
　こっちが合わせるから気にせず戦え！」

「わかった」

それだけ言い、剣を構えなおす。視線は敵を捕らえて離さない。

「アナ、無事でいろよ……！」

震える脚で立ち上がり、ハサミを構えた。

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黒いしずくが落ちて、少女の部屋を形作っていた空間は暗黒に染まった。
生ぬるく、血生臭い空気。鼻の曲がりそうな、鉄の……いや、血の臭いに満ちた空間。
その中央、赤黒いしずくを逆さにしたような、ぶよぶよしたものが浮かんでいる。これが彼を……アルキメンデスを蝕む感情の大本だろうか。
それはボコボコとマグマのように蠢き……、腕だろうか、短い触手のようなものが2本生えた。警戒しているのか。

「誰」　「怖い」　「俺」　「殺す」　「敵を」　「ボクは」

彼の声が響く中、手に持つ漫画を開いた。
……なにも描いていないが、頭に映像が浮かび上がる。

どこかの森、長髪の少年が複数人の少年にいじめられている。嫌な光景だ。
そこに駆け付ける足音。青い髪の少年が棒を振るい、いじめっこ達を撃退する。
差し伸べられた手を、長髪の少年は泣きじゃくりながらもしっかりつかみ、立ち上がった。
泣きながら抱き着く長髪の少年。肩をたたき、ニカっと笑う青い髪の少年。
彼がアルキメンデスか。

映像が切り替わる。
時が立ち、青年になったアルキメンデス。隣のショートヘアの女性は恋人だろうか、
青髪の少年。息子……ではなさそうだ。弟か。
長髪の青年と茶髪の青年は友人か。みんな仲がよさそうだ。

また切り替わる映像。
どうやら、“死の風”なる世界規模の災害が発生したらしい。
それは触れたもの全てを呑み込み、消し去ってしまう恐ろしい現象。
死の風を前にし、恐怖と混乱に包まれる人々。
その混乱の中、立ち上がるアルキメンデス。仲間を募って調査に乗り出す。

映像が切り替われば、死の風を崇めるカルト教団との戦い。
彼らによって結果的に滅びた街もあるらしい。
仲間の裏切り。裏切った仲間を許すアルキメンデス。
記憶の断片がどんどん流れていく。

数日後、行方不明になった恋人、教団残党に殺された。見るも無残な姿。
首謀者は裏切った仲間。
アルキメンデスは彼らを殺した。考え得る限り最も苦しむ方法で。

死の風への対抗手段は見つからない。もはや小国を呑み込むほどに拡大していた。
そしてついに、それは彼の町にまで迫らんとする。
仲間の制止を振り切り、単身死の風に戦いを挑むアルキメンデス。
しかし、たった一人の人間が災害に敵うはずもなく……
…………

情報を咀嚼し、整理する。

アルキメンデス・カポディストリアス。
情けの心を奥底に閉ざし、悪と断じたものを殺戮し続けてきた男。

過去の後悔、悪への憎悪、己への贖罪。
彼はずっとずっと逃れられないまま、1000年以上の時を苦しみつづけてきたのだろう。

されば、自分が今、やるべきことは。
膝をつき、しずくを見つめる。大丈夫、ザリガイザーが戦っている。彼を信じて、自分は自分のやるべきことを全うするのみだ。
2本の触手に、剣と盾が具現化する。警戒しているのか。

「……大丈夫、大丈夫、だから。
　私は、あなたを知りたいだけ」

「知る」　「や」　「怖」　「助け」　「い」

しずくは剣を……振るわない。戸惑っているような、そんな感情を読み取れる。
手を伸ばし、しずくに触れ……抱きしめた。余計なことは考えなくていい。
ただ、取り除くだけだ。

刹那、響き渡る断末魔。自身の体の奥底から。
五感が声に支配される。苦しい、これをずっと感じていたということか。アルキメンデスは。
自分が今、なんとか意識を保っていられるのもエモート・ブライトネスの力だろうか。

アルキメンデス。
仲間の裏切りをきっかけに、悪を滅するという使命感に捕らわれた男。様々な世界を渡り、殺戮を繰り返してきた。幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。
その末にたどり着いたのがアンジニティ。憎悪、苦痛、恐怖、後悔……露になる感情。今まで手にかけてきた者たちの叫びか、己の中に閉じ込めていた心の叫びか。
彼は否定の世界に捕らわれ、数多の断末魔が頭に響く中、1000年以上の年月を生き続けていた。
それが今、少女の心に。彼の記憶を、苦痛を心の奥底から浴びている。胸が、体が張り裂けそうだ。

永遠のように感じられる幽閉。
それで殺された人たちが許してくれたか、それは分からない。
でも、自分一人が許すくらい、いいんじゃないか。

「大丈夫だよ、もう、大丈夫」

髪に淡い光が灯る。

「誰」　「俺」　「ボク」　「分からない」

「あなたの名前は、アルキメンデス。
　世界を救うために戦った、勇者の名前」

赤黒いしずくが、少女の空色に染まっていく。

「ボクは」

空色のしずくは、優しい光を湛えて。

世界が、白く染まる。