［基本］OK.　［戦闘］OK.　［スキル］OK.　

そこはハザマに現出したイバラシティの霊界である。怨霊と御霊がイバラシティ の霊的な覇権をかけて本筋の侵略とは関係ない形で争っていたのである。

でっさんと俊寛さんは、ダンテさんの霊と一緒に、路地や地下道のような場所を進んだ。目指すは御霊側の召喚者の女性の居場所だ。

イバラシティの霊的な中枢は、煤けていて、虚ろな瞳の霊に溢れ、侵略にさらされた落城寸前の都市の影に覆われていた。薄暗い路地に示された矢印の先に灰色の庁舎があった。そこに御霊使いの女性がいるようだった。でっさんは庁舎の入り口から内部に入り、エレベーターに乗り込み、とあるフロアにたどり着いた。

でっさんと俊寛さんとダンテさんは静かにフロアに侵入する。

その女性は御霊サイドの霊の供給源である。その供給源を叩く。それがでっさんの任務だった。通路の先には、ここまででっさんを案内したミセス・パトラが立っていた。浅黒い肌に、艶めいた黒髪、ビジネススーツを着込み、さわやかに浮かぶ笑みは、高学歴でエクセレントカンパニーで活躍している者が浮かべる強者のそれであった。


でっさんはホルスターの拳銃に指をかけた。戦闘になれば女性を撃つ。その覚悟を決めた。

ホールはまるで講堂のようであり、演台と座席に分かれていた。女性は前方の座席に座っていた。その虚ろな瞳はでっさんに教えてくれた。女性をすでに戦意を失っていることを。そして、でっさんの冥府のメガネは、その女性の素性を示す。


女性は源頼朝の長女である大姫（一幡）の霊であり、イバラシティ の異能の計らいにより、仮初めの受肉を果たした存在であった。


俊寛さんはそれは驚きの真実ですが何やら様子がおかしいようですぞ、とでっさんにささやきく。でっさんはホールの大姫の側まで近づいた。大姫は気だるい姿勢で椅子に座ったままで、抗戦の意思を示さない。その目は虚ろでやる気を失なわれていた。ミセス・パトラが大姫の隣の隣の席に座り、話を聞かせてちょうだい、と促した。大姫はとつとつと語り出した。大姫の望みは、幼少のころに出会った源義高の霊を呼び出すことにあった。

そもそも、源義高は木曽義仲の嫡男である。義高は頼朝との和睦の人質として鎌倉へやってきた。大姫の許嫁として。しかし、時は乱世、木曽義仲の敗北後、大姫の父の頼朝は義高殺害の命令を出す。幼少の大姫はそれを察して、義高を女装させて逃がそうとする。しかし、逃走は露見してしまい、義高は途上で斬られてしまう。義高殿斬首の知らせを聞いた大姫は、心がしおれるように意気消沈した。その気鬱は大姫が死ぬまで晴れることはなかったという。

イバラシティの異能により、大姫は現世での仮初めの生を得た。その大姫が考えたことは、義高も自分と同様に浮世に呼び出せないか、ということであった。大姫はイバラシティで魔術や降霊術で義高殿の降霊を試みた。大姫は御霊召喚術を学び、その才能を開花させた。イバラシティとアンジニティの戦いにも身を投じ、都市防衛の英霊とその軍勢を高精度かつ低コストで呼び出すことに成功したのだった。


大姫は何度も何度も御霊召喚を行い、魔術技術を検討し、実験を繰り返した。しかし、ついに義高殿を導くことはできなかった。大姫は肩を落として自嘲気味に言葉を続けた。私の仮初めの生もじきに尽きる、と。


彼女の願いは叶わなかった。その寂しげな横顔は愛彼女の気力が尽きてしまったことを伝えていた。

大姫の話を聞いたでっさんの目から涙が溢れ出てしまう。でっさんは幼馴染属性の男だ。大姫は幼少時に出会った少年のことをずっと慕い続けてきたのだ。生前も、死後も、そして、仮初めの生を受けたその後も。もし大姫の義高殿の召喚が成功していたのならば、それは幼馴染との再会である。英霊の召喚が没年でなされるとすると、義高12歳、大姫17歳だ。生前とは年齢の高低が逆転する。年下の義高をおねーさんになった大姫が「お兄ちゃん」と慕う、そんな幼馴染の奇跡が顕現していた可能性があった。

でっさんは後悔した。くやしさが胸に湧き上がる。自分は怨霊側に与ししてイバラシティ への侵略に加担している場合ではなかった。御霊側ともっと対話をするべきだった。彼女を助けるべきだった。そうすれば、さすれば、幼馴染的伝説の幕開けに、でっさんは立ち会えたかもしれなかったのだ。

ダンテの霊は神妙な表情で「わかる」とつぶやいていた。その両の眼からはつーっと涙が流れ出している。ダンテもまた幼き頃に出会った幼馴染を慕い続けた男である。彼も幼馴染スキーなのだ。幼馴染の属性が好きなのではなく、幼馴染の名はベアトリーチェ、ダンテが9歳の時に、お祭りでベアトリーチェと出会い、魂を奪われるかのような感動を覚えたという。ダンテのベアトリーチェへの思慕は、ベアトリーチェが夭逝してからも続き、新生という詩作集や神曲という文学史上の金字塔に今も残っているのである。


ダンテは大姫に提案する。召喚術がダメであるなら、時空移動を試してみてはいかがでしょうか？と。大姫は首を傾げた。ダンテは穏やかに言葉を続けた。あなたの思い人がいるであろう、冥府や天界のどこかへ、自分で赴くのです。私がかつて「神曲」でベアトリーチェに再会したときと同じように、と。しかし、大姫は首をふった。曰く、私が必死に召喚しようとして見つけられなかった義高様のその元に、どうやって行けばよいのか、と。


ダンテはでっさんのほうに顔を向けた。視線がでっさんに集まった。


でっさんの冥府の使いからもらったメガネがキランと輝く。


視線がでっさんに集まる。でっさんは語る。義高殿の霊は地獄などにはいない。もっと高い境地におられる。よって、善知識を得て6道を巡り、その先の境地に至らなければ、義高殿には会えない。それは厳しい道のりになる。大姫様はまずは冥府の入り口に行かねばなりません。そこで師に出会うのです、と。大姫は頷いた。今の召喚をベースとした方法には限界を感じていたのかもしれない。大姫は敵方であるでっさんの提案を認め、その道を進んでみようと応じた。


ダンテも力強い言葉で応じた。では、と、でっさんは目を見開いて息を吸い込む。


大姫とダンテはそろって頷いた。彼らはすでに死者。冥府送りにされると聞いて身構えたりはしない。でっさんは冥府のメガネが表示する時空移動術をトレースして起動させた。でっさんは両の手のひらを中空にかざし、キーボードを打つような指の動きをした。ホールに風が起こって椅子をなぎ倒し、燐光が立ち上る。


でっさんの呪いの言葉をつぶやいた。


でっさんは両手のひらを天にかざした。燐光が大姫とダンテを包み込む。大姫の虚ろな瞳に凛とした光が宿ったように見え、燐光が立ち上ると、大姫とダンテさんの姿は消え失せてしまった。でっさんのメガネには2人が冥府の官庁のフロントに移送され、新たな旅が始まったことがわかった。俊寛さんもうむうむ満足げに、でっさんも立派な鬼界島怨霊拳の使い手じゃと頷いていた。

だが、物音がした。でっさんがふりかえると、そこには青ざめた少年の顔があった。少年は御霊サイドの御霊戦士であり、大姫を姉弟子と慕っていた。でっさんとはイバラシティ での顔なじみであった。衝撃と驚愕のあまり、その手から食料品と飲料水がボトボトと床に落ちていく。


その声は震えていた。でっさんは応じて答えた。声は低く落ち着いていた。


でっさんは状況を要約して少年に伝えた。冷静に。冷徹に。少年はしばし絶句して、それから言葉をひねり出す。


だが、少年はその言葉を信じきれない。驚きと怒りで冷静ではなくなっていたのかもしれない。少年にはでっさんが女性を冥府の術式で冥府送りにしたように見えたのかもしれない。それは女性を殺したように見えただろう。少年の顔が激しい怒りに染まり、口元は固く閉ざされ、目は釣り上がり、眉間に深いシワが刻まれていた。でっさんは身構えるように何事かをつぶやく。

そして、ミセス・パトラは少年と青年のやりとりをうっとりする眼差しで見つめていた。とても楽しそうに。うふふと笑い声まで聞こえた。その声は、エクセレントカンパニーの社員然とした洗練された笑みとは趣を異にしており、彼女の本性や欲望があらわになっていた。


突如として、激昂の咆哮とともに少年を少年を禍々しい鉛色の金属が覆っていく。御霊の力で変身して戦う闘法であった。でっさんも奥歯を噛み締めて俊寛さんをオーラに転じ赤錆びた鎧を装着した。魔人と魔人の戦いが起こった。御霊側と怨霊側のどちらが主導権を握るのかを争う戦いであった。鉛色は魔弾を雨と赤錆に浴びせ、赤錆は防壁を展開して魔弾を防ぐ。ホールを破壊しつつ、2人はぶつかり合っていた。

「どうして兄さんが姉弟子（ねえさん）を殺したんだ！　なぜだ！？」
「殺したわけではない！　冥府へ送ったまでだ。お前も冥府業界の関係者なら、そのぐらいわかるだろう！」
「わかるわけないだろう！」

恒例の言い争いを、ビームや、魔弾や、誘導兵器や、光刃のやりとりを交わしながら、ホールや庁舎を破壊しながら繰り広げていた。勝つとか負けるとかではなかった。彼らはぶつかり合っていたのだった。

ミセス・パトラは喜悦の表情で見つめていた。笑顔のパトラはその視線をどこかへ向け、朗読でもするかのようにつぶやいていた。


ミセス・パトラは怨霊ではない。悪魔なのであった。映画でも鑑賞するかのように、天体ショーを楽しむかのように、椅子に座って少年とでっさんの罵り合いを飽きずに眺めていた。

しばしの破壊と戦闘の後で、1人の人影が2人の間に割り込んだ。


裂帛たる気迫の大音声の声が響き渡り、大柄の体型の丸坊主の男性だった。御霊サイドの山下大将の霊であった。山下大将は「今は争っている場合ではない！」とでっさんと少年を諌めたのだった。でっさんは拳をおさめ、少年は地面に四つん這いになり「姫をお送りするのは自分の役目でありたかった・・・僕にはその勇気がなかった・・・」と嗚咽をもらしていた。

大将は皆を見渡して、状況の説明を始めてくれた。イバラシティ には冥界的に非常に危険な代物が召喚されている。その浄霊がまずは先である、とのことであった。


大将はついてこいとでっさんを誘う。ミセス・パトラはやれやれと後に続く。庁舎の暗い通路の先に、外への出入り口があり、コンクリートで作られた地下への入り口があった。外の天気は薄曇りとなっており時々彼方に雷光が走った。雷光が地下への入り口を覆う建物の影を映し出す。でっさんの冥府の使いがくれたメガネは、それは地下壕への入り口であると示していた。通信のノイズの音が聞こえてくる。俊寛さんも顔を歪めていた。


「総統地下壕」の入り口であった。その地下壕の中の者たちはとある国の防衛を指揮していた。俊寛さん青い顔で怯えていた。ミセス・パトラでさえ顔をしかめていた。俊寛さん曰く、世界大戦の霊は、その戦禍のあまりの悲惨さゆえ、怨霊合戦や御霊合戦での召喚は冥府殿より禁止されているはずなのだ。地下壕の中にいる者は侵略戦争を巻き起こして世界に大過を撒き散らした。大姫様は霊を召喚するだけ召喚して冥府に戻す術式を仕込んではいなかった。そのうえこんな爆弾みたいなものまで召喚してたようだ。

でっさんは地下壕跡地に近づいてみる。そして声を聞いた。中年男性の声だった。


でっさんと俊寛さんは顔を見合わせた。やばすぎる。この霊がこのイバラシティ で活動するとどうなるのか？　続いて、突然でっさんのケータイに着信があった。社長（ナポレオン）からの連絡であった。曰く、イバラシティ霊的な中枢の外側からの中枢部に向けてとんでもない大軍が迫っているとのことであった。歩兵、戦車、火砲、プロペラの航空機で護衛されている。旗は赤く鎌とハンマーの図表があるとのことだった。赤い軍団はじわじわと中枢に迫りつつあり、さらには中枢の内部でも、イバラ藩の藩士たちの霊を中心に反撃が始まっており、ナポレオンの大陸軍は、外側に向けて押し込まれつつあるという。


でっさんは呻いた。俊寛さんも青い顔だった。総統地下壕のある街に迫る赤い軍隊だ。ちなみに、その赤い軍隊も祖国防衛のために立ち上がった者たちの霊なのだった。侵略と防衛のシーソーゲーム。赤軍勢が総統地下壕のある街になだれ込んだらどうなるのか？　史実では街は破壊と流血と陵辱の地獄と化した。闇止まぬ砲火の衝撃音、炭になった家とか死体とか、四肢がかけ骨がむき出しになった負傷兵、血まみれで包帯が巻かれた負傷兵や死体、女性の悲鳴、その史実が影となってイバラシティ の霊的な中枢を汚染するだろう。

でっさんは覚悟を決めた。俊寛さんも同意した。イバラシティ での怨霊/御霊合戦は、もはや古代中世の御霊と英霊の争い、英雄たちの名誉ある戦いの再現、とかそういう感じではなかった。このイバラシティ の中枢で再現されるのは、世界史上最悪の都市戦闘の１つの地獄なのだ。それを止めなければならない。


山下大将の霊は頭を下げた。でっさんも俊寛さんも頷きを返した。


意気消沈していた少年も、でっさんたちの話を聞いていたのか、立ち上がっていた。大姫様はとんでもないものを残していきました。人類史上の最悪の場所にいた霊魂たちです。それをイバラシティ の霊的な中枢から払い、安らかな眠りについていただくのが、この僕の使命だ、と呟いていた。

でっさんは冥府のメガネをフル活用して、イバラシティ の霊魂の成仏ルートを探索する。少年は印を結び、祝詞を唱えると、何やら清々しいオーラが立ち上った。先ほどでっさんが大姫様を冥府に送り届けた時の術式を、大規模広域に展開する、というわけだった。それはあたかも列柱連なる古代王墓で儀式を行う2人の若き神官のごとしであったし、あるいは墓標のごときラックが連なるサーバールームで鯖管業務を行う2人の若きエンジニアのごとしであった。しかし、イバラシティの霊的な中枢のステータスをサーチした2人はすぐに悲鳴じみた呟きをあげた。


でっさんもイバラシティ に呼ばれた霊魂の数が多すぎることを感じていた。また、怨霊／御霊合戦の一貫として戦闘を行なっている霊魂については、こちらからアクセスすることも状況を把握することすら困難だった。何とかならないか？とでっさんは山下大将や俊寛さんに視線を向けた。


でっさんが唸っていると、腕組みだった山下大将が何かを呟いた。


そして、目を見開き叫んだのだった。


山下大将は叫んだ。戦争の地獄に囚われた霊魂たちを癒すには、歌と踊りが一番。さるお方を召喚し、コンサートを開いてもらうのです、と。その方は、最後のツアーの直前に身罷られてしまい、コンサートを開くことに未練が残っている。その方は優しく困っている人を見過ごせない。きっと私たちの呼びかけにも答えてくれる、と。でっさんは首を傾げた。山下大将の物言いには不明瞭な点がある。しかし、冥府のメガネが反応した。その人の召喚方法が示されていた。冥府殿による特別コードも添えられていた。時間もない。他に方法もない。でっさんは召喚術式を発動させた。

唐突に扉が現れた。扉はパッと開き、光の中から一人の人物が歩いてきた。白いスーツにハットを被り、シャツは黒、ネクタイ、手には白い手袋、白い肌の黒人男性だった。その歩く姿はしなやかさとパワーに満ちていて、でっさんは圧倒されてしまう。オーラがある。御霊や、ましてや怨霊ではない。もっと高次の存在だった。天使様なのではないかすら感じられた。

その人はMJ。血筋によらず、その卓越したる技芸によって王の名で呼ばれた、人類史上でも数少ない人物の一人。生前に計画した最後のツアーの直前にて亡くなってしまった伝説のエンターティナーであった。MJは笑顔を山下大将に向けた。


でっさんはよろしくお願いします私が現場監督ですと告げると、MJはスマイルで応じた。そして、MJの表情が一瞬引き締められ、スポットライトがMJに注ぎ、静かに音楽が響き始めた。その現象はイバラシティ の霊的な中枢の遍く全体で生じていた。あらゆる場所でMJが歩き、そして、マイクを握ったのであった。静寂と間があり、そして歌声が聞こえてきた。あとは、圧巻の一言であった。その声、その所作、そのダンス、それらすべてが相乗効果となってイバラシティ の中枢のすべての霊魂の注目を集めていた。


だいたいみんなこんな感じでMJに夢中。実際、彼の生前のコンサートでは失神者続出だったわけで、天国で磨きをかけたであろう歌とダンスはまさに至上のものだった。

続いて、墓場やヴァンパイな雰囲気がMJのダンスから解き放たれ、周囲の霊魂もまた踊り出してしまう。御霊も怨霊もMJを先頭にMJと一緒に踊り出す。どんな英霊も怨霊もMJのオーラには逆らえない。

MJは世界を癒す歌を披露した。とげとげしい雰囲気は消え去り、戦争なんてばかばかしいという厭戦気分が高まる。そして、君は一人じゃないよの歌、蝶の歌を歌い、ダンスを披露し、生前には公開されなかった新曲も繰り出し、英霊も怨霊も喜びと癒しを得て、人の形をしていた霊魂は、１つまた１つと鬼火のような姿へと転移していった。彼らは満足して、冥府や天国へ赴く状態へ近づいていたのであった。


イバラシティ の中枢の霊圧マップの色合いが徐々に紫や赤から黄色や緑へと転じていた。


でっさんはキーボードを操作するように指を動かし、イバラシティ の御霊たちにタグを貼り付けていく。タグとは霊魂を冥府へ送り届けるための帳票と宛名のようなものであった。破滅の色濃かったイバラシティ の中枢は、癒しの風が吹き、キャンドルライトのような仄かな鬼火が湧き上がって、超濃密なコンサート会場、あるいは、星々の渦のような様相を呈していた。総統地下壕も地下壕ごと溶けて天へ登り、赤軍もナポレオンの大陸軍も人型から魂となって空へと戻っていった。敵も味方も消えていき、ネイも、スルトも、グルーシーも安堵したかのように、人型から気体のように溶けて、空へと登っていく。ナポレオンもまたほっと息を吐き、光る靄となって昇っていった。

MJがムーンウォークででっさんのところに戻ってきた。彼は天を指差す。そこには銀河の中心部のような魂の渦が形成されていた。でっさんは頷く。彼らには安らか眠ってもらうのが一番だ。歴史上の人物を現世に呼び出してバトルするとかそれが間違いだった。死後は冥府でぐっすり眠る。そんないいことはない。

でっさんは少年に目配せをして、同時にリターンキーを押した。魂の銀河は黎明の空のように白い光の中に溶けていく。立ち上る燐光の中で、イバラシティの霊界は消えていこうとしていた。


イバラシティ への侵略に暗躍していた俊寛さんもミセス・パトラも昇天していた。続いて、山下大将の霊も、ほのかな燐光に包まれていった。みな冥界へと帰還していくのだ。山下大将の霊は、その視線をどこか明後日の方角へ向けて最後の決め台詞を残した。


この人は山下大将ではなくて水野晴郎の霊なのでは？とでっさんには思われたが、しかし、同時に山下大将の霊なのかもしれなかった。イバラシティ の霊的な騒乱が不幸な結末を迎えないように、冥府が遣わしたのかもしえれない。

そして、全てのエンドカードを彩るかのようにMJがポーズを決めていた。彼は足を交差させ、手を天にかざす。光の中にYの字は消えていった。全てが白いもやの中に消えていった。

白い靄の中に少年とでっさんだけが残っていた。その空間に残っていられる時間はあと僅かだった。言葉数も少ない。

「じゃあな」
「はい」

戦い尽くし、慰霊尽くして疲れ果てた二人には、それで十分だった。俺たちも眠りたい。こうして、怨霊と御霊とのイバラシティ の霊的中枢をめぐる争いは、極限のカオスから平穏への転移を以って終了したのであった

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その後、でっさんの勤めていた会社は、怨霊に置き換わっていた経営陣が全員（冥府へ帰ったため）失踪した形となり、いろいろあって倒産した。でっさんのプロジェクトは、炎上していたもの、新規のものを含めて、それで全てなくなってしまったが、その後始末の激務によってでっさんは過労と心労で心身を壊し、とある病院に入院することになった。

とある病室で、メガネをかけた痩身の男が虚ろな瞳で天井を見上げている。時々、虚空を見つめては、何かを語りかけており、その様は、目には見えない何かと話をしているかのようであったという・・・。