［基本］OK.　［戦闘］OK.　

　　　　　　　　・・・・
紙一重。祓魔水でくくった水の鏃、その渾身の一射をかいくぐり
悪魔のような鉤爪が私の体を抉り抜いた。
体は右肩から左脇腹にかけてばっさりと両断され、
血と臓物の代わりに引き裂かれた札が宙を舞う。

札の再配列によって戻るはずの私の腕は、
燃えさしの煙草からこぼれる灰のように崩れてゆき、
そのまま風化して消えた。

体を構成していた札を再配列するだけの霊力すら、
この体にはもう残されていないのだ。


負けた。


実感として湧き上がってくる敗北、そして死の実感。
それらを塗りつぶすほどに腹の底から湧き上がってくるどす黒い憎悪を、
眼前の敵へと叩きつけることは、もう叶わない。

すべてが私からこぼれ落ちていく。
今の私には、意識が消えるまでの数秒間を思考する自由が残るのみだ。




死ぬのはこれで二度目になる。

私の知り合いには、鉄火場を生きる場所と定めた人は少なくない。
それでも二度死んだ人間はそういないだろう。
顔を知っているわけではないが、私と同じく“殯”を行った
初代様くらいであろうか。



私は彼女のように、人を救えなかったのだが。



今更後悔などしない。私は私だから。しないが。
それでも。ああ。

己が宿業を遂げんとし、人生をかけて続けた研鑽が
こうも呆気なく徒花と散ってしまうのは、
やはり筆舌に尽くしがたい悔しさがある。



何もかもままならなかった。
さんざん大口を叩いたものの、私はこの程度か。

みんな、ごめん。







少し、疲れた。





















――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――














縁側で秋の兆しを感じながらお茶と洒落込んでいたのだが、
程よい陽気に微睡んでしまっていたようだ。

昼下がりの縁側。日は徐々に低くなりつつあり、
夏の照りつけるような日差しは既に思い出になりつつある。



　ｲ　ﾊﾞ　ﾗ
この世界で妖怪の手によって一度命を落とした私は、
自らの“形”と“真”を代償に、再びこの世へ舞い戻った。


“形”は自らの手で再び勝ち取り、私は肉の体を取り戻した。

そして“真”……自らを定義する呪いである名前と、その名前がもたらす私の本質。
これは、私を救ってくれた元お隣さんから貰った。



“瑞穂”というのが、新しい私の名前。
なんでも、自分が女の子に生まれたら付く予定の名前だったそうだ。



既に思い出せない以前の名前も気に入っていたけれど、
今はこちらのほうがしっくり来るとすら感じる。


今は元お隣さんをはじめ方々にお世話になりながら、
アイドルの卵として頑張っている。

海外へ行ったらしい、あの子を驚かせるため。
私を振った元お隣さんを見返すため。
そして、なにより己の人生を楽しむために。



近く、また金木犀が薫るだろう。
あの金色を誇らしげに掻き抱き、芳しい天上の香りで
人々を魅了する、私の好きな花。

花が咲いたら、誰かを誘って外に出よう。



尊さんとはしばらく出かけていないな。
久しぶりに誰かをからかいたくなってきたところだ。

飴宮さんと食べ歩くのもいいかもしれない。
せっかく戻った味覚を、楽しまない手はないだろう。

透さんを誘うなら、その日を潰すことを覚悟しないといけない。
空の彼方まで放り投げられるようなものだけど、間違いなく楽しい。

怪談でお会いしたお嬢さんは、私ほどではないにしろ美人だったな。
またどこかでお会いできないものだろうか。話も合いそうだ。

あの朴念仁は……もう少し放っておこう。
私が隣にいることの素晴らしさを、もう少し理解してもらうことにする。
恋人さんとの時間を邪魔するのも忍びないし。





秋晴れの空を仰ぎ見る。
これほどまでに開放され、晴れやかな気持ちで青色を見つめるのは初めてかもしれない。
心がそわそわと沸き立つのを感じる。


――やっぱり今日出かけてしまおうか。




スマートフォンを取り出し、慣れた指運びで画面をタップしていく。
開くアプリはIBARINEではなく、通話。




自然と笑みが溢れだす。
ゴジュウカラがキィキィと鳴いて、出立を祝ってくれている。

澄み渡った旻天は覆いを取り去った私の未来を表しているかのようで、
私は高揚のままにこっぽり下駄を鳴らす。天まで届けとばかりに。
命短し浮世は楽し、乙女よ歩け向くままに。





からん。ころん。

からん。ころん。

ENo.394 飢餓の魔女 とのやりとり


ENo.606 雀部 とのやりとり


ENo.985 瑠璃子 とのやりとり


ENo.1491 透 とのやりとり